再会(魔架)
あの日、あの子と私は再会した。
忘れもしない。雨が何日も止まず、湿気が鬱陶しく感じる、夏の終わり。
その日も雨がしとしとと降っていた。
「魔架様」
「なぁに? メーラ」
私は目の前の水晶を見つめたまま、買い物帰りのメーラに聞き返す。
水晶に映るのはいつもと変わらぬ自分の顔。
今日もあの子について占うことができず、ただ水晶を見つめているだけだった。
「街に、記憶喪失の女の子が来たそうです」
「へぇ……」
「見つかった時には服はボロボロで、体中痣や傷だらけ。譫言のように助けて、お姉ちゃんと呟いているそうです」
「ふぅん……」
お姉ちゃん、か。私もそう呼ばれていたわ。
「名前だけは覚えているそうです。名前だけ答え、気を失った、と」
「名前だけでも覚えていただけマシね」
場所がわからずとも困らないし、名さえわかれば自分自身の軌跡は残せるもの。
自分を知る誰かがいれば、いつかは救われる。
「衰弱していたようなので、診療所に運ばれたそうですよ。そうそう、その少女、名を『メノウ』と」
「⁉」
ガタン!
椅子が大きな音を立てて倒れる。
「魔架様⁈」
名前を聞いた瞬間、私はもう走り出していた。
屋敷を飛び出し、小雨が降るなか、街へ向けて走る。
泥が服へ跳ねようが、木々の枝が私を引っ掻こうが気にならなかった。
ただ無我夢中に走り続けた。
「瑪瑙!」
勢いよく診療所の扉を開けた。
一斉に振り返る看護師達。
「森の占い師様?」
「魔架さん、突然どうし」
「瑪瑙は、記憶喪失の少女は、どこ、どこにいるの!」
私は看護師の肩を掴んだ。
ギリッと音が立ちそうなほどに。
「あ、あの女の子なら奥の病室に……。酷く衰弱していたので今先生が……」
「奥の病室ね!」
看護師達の驚く顔の間を通り抜け、薄暗い廊下を駆ける。
一つだけ、明かりが漏れた病室を見つけ、私は飛び込んだ。
「⁈ 魔架さん⁈」
「瑪瑙は!あの子はっ…」
白いベッドに横たわる少女。
紺の髪に青白い肌。
眠るように横たわる女の子。
最後に見た時より成長しているが、間違いない。
−−たった一人の家族。
可愛い私の妹。
「瑪瑙っ……!」
私はベッドの横に膝をつき、瑪瑙の手を掴んだ。
痩せ細った腕。そこに刺さる点滴。
「……彼女なら寝ているだけです。栄養失調と低体温で衰弱してはいましたが、それ以外は問題ありません。
……では失礼します」
医師は静かに部屋を出た。
点滴の滴る音が病室に響く。
「生きていたのね……瑪瑙」
私の頬を一粒の涙が伝い、瑪瑙の手に落ちた。
魔女狩り。
私達家族は占いを生業としているが故に魔女として断罪された。
一番最初に連れていかれたのは母と父。
何年も拷問された後に死んだ聞かされた。
両親の次は私達姉妹。
泣き叫び、助け合ってきた人々からも見放された。
私達は引き離され、拷問を受けた。
何日経ったのかさえわからぬ、暗く冷たい檻の中で、最後に私は唄った。呪いを込めて。怨みを詰めて。ただひたすらに響き渡れと。
一人で死んでなるものかと。
皆地獄へ堕ちてしまえと。
滅びの唄を。
そして私は意識を手放した。
目が覚めた時には皆息耐えていた。
死体は腐り始め、鼻を突く臭いが建物には充満していた。
どうやら死んでからだいぶ時が過ぎているようだった。
私が生きていられたのは私自身が唄ったからなのか、意識を手放したからなのか……今となってもわからなかったが、なぜか私は助かっていた。
自力で枷や牢を破壊し、建物内を彷徨った。妹を探して。
けれど、妹はどこにもいなかった。
死体にもなっていなかった。
妹は私と離れた後、別の場所に移されていたようで、何処に連れて行かれたのかは知ることができなかった。
元いた町に戻ることもできない私は、今の瑪瑙のようにあてもなく歩き続け、今の屋敷を見つけた。
回復するまでそこに居座り、廃墟同然の屋敷を修復し、ひっそりと暮らし始めた。
両親が残した本をもとに占うことしかできない私はそれを仕事とし、金を得て、生き永らえた。
落ち着いてからは瑪瑙のことを占うことも考えた。
だけど出来なかった。
−−もし、死んでいたら?
そう思うと勇気が出なかった。
私の占いはほぼ百発百中。
もちろん外れる可能性もある。
けれどいないと知ってしまうことが怖かった。
いつも躊躇い、やめていた。
「勇気を出していれば良かったわね……」
眠っている瑪瑙を見つめ、呟いた。
「そうすれば、もっと早く貴女を見つけられたのに。再会出来たのに」
小さい手を握りしめる。
「遅くなってゴメンね、助けられなくてゴメンね、迎えに行けなくてゴメンね……」
謝ることは沢山ある。
涙が溢れて止まらない。
「でも、もう大丈夫だから、私が、お姉ちゃんが貴女を守るから」
謝るよりも、後悔よりも、私は今を喜びたい。
そして、もう二度と貴女を失わないわ。
大切な可愛い私の家族。
たとえ覚えていなくても、思い出はまた作れるわ。
忘れた過去は辛い記憶……思い出して貴女が壊れでもしたら私は嫌だもの。
思い出さなくていい。忘れていていい。
私が貴女を全てから守るから。
だから今は眠っていて。
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