差し伸べられた手(鶺帝)
炎が真っ赤に燃え盛っている。
天に届きそうな勢いで全てを燃やし尽くしていく。
どうして?
僕らばっかり……酷いよ……。
「コイツ綺麗な顔してやがるぜ」
男の一人が僕の顎を持ち上げた。
男が賎しく笑っている。
「まるで女みたいな顔だよなー。伝説のやつだし、物好きには売れるんじゃねぇ?」
男達が下品な笑い声を上げる。
僕は手を振り払い、男の手に噛みついた。
それから手を縛られたまま男達がいない方へ走り出す。
男が怒り狂ってる声が聞こえる。
売られてたまるか。
売られるなんて冗談じゃない。
僕は走り続けた。
だけどまだ子供。
伝説だろうが男の体力には劣るわけで。
僕はまた捕まってしまった。
「このクソガキが!舐めんじゃねぇぞ!あぁ!?」
男が僕の顔を蹴る。
口の中が鉄の味で満たされていく。
「顔は蹴んなよ。大事な商品なんだから」
「わかってるよ!」
男は僕の腹を蹴りだす。
痛い、苦しい。
いっそのこと殺してほしい。
僕は涙を流しながら蹴られ続けた。
僕に力があれば……。
「まだ生きてる者がいたのか」
男達がサッと振り向いた。
僕も顔だけを動かし、声がした方を見た。
目がかすんでよく分からないが、誰かがいる。
「もう全員やられたのかと思ったが、無事な者もいるのだな。わらわは少し安心した」
「お前は誰だ!」
男の一人が叫んだ。
「おぬし等に名乗る名などない。ふむ。この地から炎の気配がしたので見に来たら……案の定襲われておった。
ここの一族は全滅かと思ったが生き残りがいるようだしな。さて……そやつをわらわに渡してもらおうか」
かすみがとれて姿がハッキリ見えてきた。
そこにいたのは僕と同い年くらいの少女。
扇子を口元を隠すように持ち、しゃなりしゃなりとこっちへ歩いてくる。
「逃げて!……君に勝てる人数じゃない!」
僕は少女に叫んだ。
少女は足を止め、フッと鼻で笑う。
「わらわを舐めないでもらおうか。おぬしよりは強いと思うぞ? 少なくとも、そこにいるそやつらよりはな?」
「うっせぇ!ガキが大人舐めんじゃねぇぞ!」
男が一人、少女に向かって殴りかかった。
世界がスローモーションのように動いた。
男の拳を少女が扇子で右へと受け流す。
開いた左手を男の方へかざし、妖しくほくそ笑む。
男がバランスの崩れた体をよじり、腕を少女の手と自分との間に割り込ませ、とっさに防御体制をとった。
「遅い」
少女の手の回りに炎が現れ、渦を巻く。
「大文字」
少女の手から炎が放たれた。
炎は男を吹き飛ばし、その体にまとわりつくと、大の字に広がった。
男は声にならない悲鳴をあげながら転がり回り、しばらくして動きを止めた。
「死ねガキィ!」
もう一人が彼女の後ろからナイフで切りつけた。
だがナイフは扇子に阻まれ彼女の体には届かない。
少女は体を捻り、後ろを向く。
そしてその体制のまま男の顔に手のひらを当てた。
男は地面を蹴り、後ろへと下がる。
だけど彼女はそこまで読んでいたらしい。
一瞬にして男の後ろに回り込み、手を背に当てた。
「まだやられるかぁ!」
振り向いた男はナイフを投げた。
ナイフは少女の左目に向かっていく。
ナイフを避けるため顔を少しずらす。
けどナイフは彼女の左目の上をかすっていった。
少女は痛みで顔をしかめ、男は卑しく笑う。
だが男の笑みはすぐに消えた。
彼女の手が男の頭を捉えたから。
「これでもう終わりだ」
男の表情が恐怖に染まる。
「やめっ……」
「神通力」
男の頭が吹き飛んだ。
少女の頬に血しぶきや肉片がかかる。
僕は顔を背けた。
けれど頭の中には戦っている少女の姿が浮かぶ。
火の粉が飛ぶ中、戦う彼女の姿は美しいとしか思えなかったから。
つい見とれていたんだ。
だけど最後は惨すぎる。
僕にはあの強さから恐怖を感じずにはいられなかったんだ。
だから彼女を見ることなんて出来ない。
体が拒否をする。
「お主……こっちを向け」
「っ……嫌だ……」
怖い。
「これはわらわが頼んでいるわけじゃない。命令だ。こっちを向け」
「嫌だ……」
「……はぁ」
少女が溜め息をついた。
僕の心臓は飛び出てしまうんじゃないかと思うくらいドクドクいってる。
「あまりわらわの手を煩わせるな」
少女が無理矢理僕の顔を自分に向けさせる。
見えたのはさっきの残酷な目ではなく、哀れみの目だった。
目の上から血を流しながら、僕の顔を両手で自分に向けさせている。
「ふむ、確かに綺麗な顔をしているな。あやつらの目はなかなか良いようだ。気に入った。お前わらわの物になれ」
「どういう……」
「同じことを言わせるな。わらわの物になれ」
少女は真面目な顔で言う。
その目はもうあの怖さを帯びていない。
むしろ惹かれてしまう。あの戦っている姿のように。
「なんで僕なんか……」
「だってお前はこの地唯一の一族の血を引くものとなった。それに……わらわはお前に生きて欲しいと思ったからだ」
少女が手を離し立ち上がる。
「さぁ……わらわと共に来い」
彼女は僕に手を差し伸べた。
僕は躊躇った。
けどその手を握った。
そうしないと、前に進めない気がしたから。
それに……どうやら僕は惚れてしまったらしい。
あの戦う姿は舞ってるようで……美しかったから。
僕を見たあの瞳が美しかったから。
もう少し……見ていたいと思っていたから。
「僕がそばにいてもいいなら…」
「いいに決まってるだろうが。さぁ立て。行くぞ」
彼女が僕の手を握り、思いっきり引っ張った。
そういえば。
「ちょっと待って……」
立ち上がった僕は自分の服の袖を千切り、彼女の傷口に当てた。
血を拭い、傷口に押し当てる。
「これ、押さえてて下さい……」
「お前……」
少女は言われたとおりに傷を押さえた。
僕は微笑む。
ちゃんと笑えていたかは分からないけど。
「やはりお前はわらわが気に入っただけあるな……」
「え?」
「なんでもない。それより……お前はこれから私の物になるのだから、名がなきゃ不便だな」
「新しい、名前?」
僕は聞き返した。
「わらわが直々付けてやろう。感謝するがよい」
少女が微笑む。
「そうだな……ふむ、鶺帝とはどうだ?」
「セキ……テイ……」
「鶺鴒の鶺に帝王の帝。鶺鴒は神を善い方に導く水辺の鳥。それにお前は……」
彼女は口をつぐんだ。
顔を逸らしたが、少ししてまた僕の方を向いた。
「お前はこれから私を導く鳥になれ」
「貴女を導く鳥……」
「あとは私を名で呼べ。鳳瑞と。もちろん、様付けだからな」
「……わかりました。鳳瑞……様」
「それでいい」
鳳瑞は優しく微笑んだ。
それから僕にまた手を差し出す。
「さぁ行くぞ、鶺帝」
「はい、鳳瑞様」
僕は……いやこれからは私かな。
鳳瑞の手を取った。
これからは私が鳳瑞を守る。
もう守られないように。
誰も失わないように強くなるんだ。
鳳瑞は僕を助けてくれた。
だからこれからは僕が鳳瑞を助ける。
鳳瑞を導くんだ。
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