勇気を出して(明日香)

「あ、あのさ悪那……」
「ん?」
ワックスで跳ねさせ、襟足を少し長めに伸ばした黒髪。
耳についたいくつものピアス。
特徴的な赤い目。
ショートと話していた悪那が振り向いた。
「どうした、明日香」
「えっと……あのね……」
どうしよう。
悪那のほうを見れない。
心臓が壊れそうなくらいバクバク言ってる。
大丈夫、ライヴに誘うだけ。
来てもらうだけ……なんだけど、単純なんだけど……。
「えと……こ、今度の土曜日……なんだけど……」
「土曜ってあんた達のライヴの日だよな?」
「あ、うん、そうなんだけど……」
「ん?」
「えっと……」
言うんだ、言うんだ私!
「チケッ……」
「あれ、明日香チケット握ってどうしたのー?」
この声は幽明……。
終わった……はぁ……。
「いや、別に……何もないわよ……」
「ふーん。それは余ったチケット?」
「そうだけど……」
「ならさ、悪那にあげる!」
幽明はにっこりと笑うと私の手からチケットを取り、悪那に渡した。
「あ……」
「いいのかよ? 確か有料のやつだよな?」
「いいのいいの! 友人特典ってやつ? ね、明日香?」
悪那と幽明が私を見る。
悪那は複雑な表情をしている。
「え……あ、うん……迷惑じゃないなら……」
「貰えるなら貰うよ。あんた達のライヴはなかなか人気あるみたいだし、一回見てみたかったからな」
悪那はポケットにチケットをしまい、また私を見る。
「ありがとな、明日香。土曜のあんたの歌、楽しみにしてる」
そう言って悪那は私に微笑んだ。
その笑顔は私を高揚させる。
「も、もちろん! 私達の曲に聴き惚れても知らないからねっ!」
「練習で何回も聞いてるけどな。ライヴだとまた違うから有り得るかもしれないけど」
有り得るかもしれない。
その一言が嬉し過ぎる。
「中毒になっても知らないからっ!」
私はそう言って、悪那達からダッシュで離れた。
あれ以上いると顔が真っ赤なのを見られてしまう。
そんなの恥ずかしい!
「本当は自分で誘いたかったけど……」
まぁいっか!
来てくれることにはかわりないし、頑張らなきゃ!
私は自分の荷物を引っつかんで、扉を開けた。
冷たい空気が私のほてった顔をひんやりと撫でる。
にやける口元を押さえながら、私は家路を駆け出した。


▼勇気を出して
≪自分の力じゃないけれど、キッカケくらいは自分の力だと思ってもいいよね≫

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