日常(梨衣芙)

「ふぁあ……」
大きく伸びをして、先が薄緑に染まったアホ毛をぴょこんと揺らしながら、梨衣芙は体を起こす。
同時に部屋の扉が開き、長女の綺雨が入ってきた。
寝癖だらけの梨衣芙とは対称的に、濃い水色のウェーブかかった髪はしっかりとセットされ、左側で一部の髪が縛られている。
結われた髪についている泡をイメージした髪飾りがふわりと揺れた。
「あら、今日は起きてたんですね。梨衣芙」
綺雨は梨衣芙の部屋の窓のカーテンを開けた。
柔らかくも暖かい光が部屋に差し込む。
梨衣芙は目を細め、閉じてしまいそうな目を擦った。
「まだ寝起きみたいですねぇ。早く着替えて降りてらっしゃい? 梨衣芙、貴女が最後だし、朝食はもう出来てますよ」
「ふぁい……わかりましたぁ……」
にこりと微笑み、綺雨は梨衣芙の部屋をあとにした。
梨衣芙は重い体を動かして、着替えを開始する。
下の階へ降りると、姉妹全員が揃っていた。

次女の炉夏は店に出すケーキをデコレーションしている真っ最中。
今日はチョコレートケーキのようだ。
三女の明日香はせっせとモップをかけている。
梨衣芙の双子の妹の霙はのんびりと紅茶を飲み、上の双子の姉二人は朝食を食べているところだ。
妹の朝凪はサラダを暗夜に小皿に取り分けてもらい、自分でするよーと、言いながらも受け取っている。
暗夜は朝凪の反論を流しつつ、手慣れた手つきで朝凪に他のものも取り分けていた。
「おはよう、暗夜姉さん、朝凪姉さん、霙」
梨衣芙は挨拶をしてから席につき、テーブルに置いてあったクロワッサンに手を伸ばす。
「今日の仕込みは出来てるの? 梨衣芙」
霙が問いかける。
「大丈夫だよ、昨日のうちにしたから」
「そう。ならいいの」
紅茶を注ぎ直しながら霙は梨衣芙に聞いた。
「梨衣芙も飲む?」
「砂糖2つねー」
「わかってるわ」
霙は空いているカップに紅茶を注ぎ、梨衣芙の前に置く。
「ありがとー」
「どう致しまして」
そっけなく霙は言うと、自分のカップを口に運んだ。

「ご馳走様でした」
朝凪が言う。
朝凪が食べ終わると同時に暗夜が立ち上がる。
「朝凪、アンタは座ってな。私が食器持っていくから」
暗夜が朝凪のぶんの食器を重ね、自分の食器と合わせる。
「私も手伝うよぉ」
「いいから。座ってなさい」
立とうとする朝凪の肩を抑え、暗夜は微笑む。
それから食器を持って厨房のほうへ消えていった。
「暗夜は過保護だよねぇ。梨衣芙もそう思わない?」
「朝凪姉さんがドジだから心配なだけだと思うよ?」
梨衣芙はサラダを食べ終え、最後のスープに口をつけた。
「私はドジじゃないよぅ」
「じゃあ天然? ……なんか違うか。とにかく心配なんだよ、暗夜姉さんは」
「うー……」
「美味しかった。ご馳走様でしたー」
梨衣芙は満足げに言うと、食器を片付ける。

「行ってきまーす!」
ドタドタと明日香が朝凪と霙、梨衣芙がいるテーブルの横を走り去る。
「掃除は終わったのー?」
「終わったー!」
どこからか綺雨が明日香に声をかけ、明日香はそれに答える。
「今日は何時に帰ってくるのー?」
「夕方かなー!」
「夕食は食べてくるのー?」
「うん! だからいらないよー!」
「忘れ物はないー?」
「ないー! じゃあ行ってきまーす!」
明日香は扉を勢いよく開け、外へ飛び出して行った。
開け放たれた扉を暗夜が呆れたように閉める。
「いつも練習行くとき開けっ放しなんだから……」
「それだけ楽しみなのよ、明日香にとってはね」
炉夏が暗夜の頭を撫でる。
「暗夜も恋したらわかるって」
「わからなくてもいいわ」
「冷たい子ねー。流行りのツンデレ?」
「違うから。朝凪、準備するよ」
炉夏の話を淡々と返し、暗夜は朝凪の手を引いた。
「あ、うん」
朝凪は引かれるがまま、2階へとあがる。
「私も準備するか」
「私もそろそろ用意しなくちゃ」
炉夏と霙も2階へと向かう。

梨衣芙が時計を確認すると、時間はもう店の開店前30分に迫っていた。
「僕も準備しなくちゃ!」
梨衣芙は慌てて食器を洗い、自分の部屋へと走る。
これからは姉妹で仕事の時間。
これがいつもの朝の風景。
忙しい時間が今日も始まる。


星屑の欠片

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