恋々と募る恋情(鳳瑞)

「鳳瑞」
「はい」
「お前は我が高潔なる一族の長となるのだから、相応の振る舞いを身につけるのだ」
「はい」
「我ら宗家の恥を晒すようなこと、名を汚すようなことはせぬよう」
「……はい」

**********

「鳳瑞様? どうなされました?」
「いや……」
「大事な会合の最中、何を考えておられたのか」
「なんでもないわ。話を続けなさい」
幼い頃から言われ続けた。
体面を常に気にせよ、と。
煩わしい。
「鳳瑞様が連れて来たあの子供……あれはあの一族の子では……?」
「鳳瑞様は一体何を考えておられるのか…」
「あの子供を召し抱えるつもりらしい」
「他の者達に知られたらなんと言われるか……」
「もし反逆でもされたら、鳳瑞様はどう責任をとるおつもりで…」
周りの大人達はいつも他の一族の目を気にしている。
それも当たり前か。
他の一族をも束ねる、それが我ら宗家の役目なのだから。
その家元が、敵対している一族の宗家の子供を召し抱えるというのだから、騒ぎ立てる問題にもなる。
それでもわらわは……。

「鳳瑞様の従者も粘りますな」
「いやはや、流石家元様の従者でいらっしゃる」
会合で恒例の手合わせの儀。
家元の従者は一番の手練れでなくてはならない。
それ故、一族が会する会合では必ず従者同士が手合わせをすることになっている。
しかし、それは平等ではなく、勝ち抜きの戦い。
宗家の従者は常に勝たなくてはならない。
そして、勝ち抜きであるが故に、常に戦い続けるのだ。
「よくぞここまで育てあげたものですな、鳳瑞様」
隣にいる男が嫌味をこめて鶺帝を褒める。
「ですがそろそろ疲れが見えるようで」
「だいぶ相手の攻撃を受けるようになりましたな」
「従者交代を考える時が来たのかもしれませんぞ」
「……」
早く鶺帝を従者から下ろしたいのだな。
幾年経てども、老人達の考えは変わらぬものよ。
だがどんなに侮辱されようとも、わらわの想いは変わらぬ。
「鶺帝は負けはせぬ」
「鳳瑞様、なんと……」
「鶺帝は負けぬと言ったのだ。誰がどんな手を使おうとも」
「……絶大な信頼を寄せていらっしゃるようで」
男は怪訝な表情を隠しながら、慎重に選んだ言葉を発する。
本当はすぐにでもわらわに罵声を浴びせたいのであろうな。
……わかりやすい。

周りの輩が騒ぎ出した。
わらわが意識を鶺帝に戻すと、鶺帝がだいぶ押されている。
しかし、もう少しというところで鶺帝が持ち直し、相手から一本を取る。
全く、あやつは何をしているのか。
「簡単には一本取らせてくれないようですな」
「当たり前だ」
最後の一戦。
これも鶺帝がギリギリのところで勝利を収めた。
「まだ鶺帝はわらわの従者でいるようだ。残念だったな、翁よ」
わらわは微笑み、隣の男は唇を固く結んだ。

一族の落胆が満ちる中、会合は終わり、牛者で屋敷への帰路につく。
わらわの隣には鶺帝が座り、心地好い揺れが眠気を誘う。
「鶺帝」
「はい」
「あの手合わせはなんだ?」
わらわは鶺帝のほうを向いた。
鶺帝はいつもと変わらぬ冷静な表情のまま。
「何故手を抜いていた? お主ならもっと簡単にあしらえた相手ばかりであろう? わらわの従者を辞める気であったのか?」
鶺帝の服の袖をめくり、幾つも出来た痣を見る。
全く……痛々しい。
「わらわの意思なくして離れることは許さぬと何度言えば……」
「負ける気も辞める気もありません」
鶺帝は静かに唇を開く。
「この命尽きるまで、私は鳳瑞様をお守りし、鳳瑞様に尽くします」
「では何故手を抜いた」
「自分を追い込み、精神を鍛えようと思いまして。私はまだまだ未熟ですから。それに鳳瑞様、相手の方も簡単にあしらえるほど弱くはございません」
全く、こやつは謙遜しおって。
今ではわらわよりも強くなっているというのに……生真面目な奴よ。
あんな手合わせに出た従者共なぞ、わらわは一撃で倒せるだろう。
なのに鶺帝は……。
「次は手を抜くな。闘いをする上での礼儀だ。力を尽くすということはな」
「畏まりました、鳳瑞様」
鶺帝は深く頭を下げる。
こんな関係はいつまで続くのか。
わらわが家元である限り、鶺帝とは……。
鶺帝は鶺帝で常に一族の目を気にし、その体面を気にし、自分の存在を卑下しなければならない。
そんな状況にしたのはわらわ自身。
あの時、助けなければ良かったのかと、何度考えたことか。

「鶺帝」
「はい」
「わらわは疲れた。わらわは寝る。だからずっとそのままの姿勢でいるのだ」
「畏まりました」
鶺帝の肩に頭を乗せ、もたれ掛かる。
鶺帝は言われた通りに、じっと、静かにしている。
牛車の揺れに合わせて、鶺帝の銀髪も揺れる。
だが、鶺帝がいることがわらわの恥になろうと、宗家の恥になろうと、わらわは知ったことではない。
わらわはあの日、鶺帝に惚れてしまったのだから……。
種族の違い故、永久の契りは交わせなくても、名を奪ってまで、せめて鶺帝を側に置きたかった。
いつか反逆されようとも、わらわは鶺帝にならば……。
いや、こんな事は考えないにつきる。
今この時だけでも、鶺帝が側にいるという少しの幸せをわらわは感じていたいのだ……。


▽恋々と募る恋情
≪わらわの我儘を許しておくれ。恋なぞこれっきりで構わないから≫


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